これからの日本の生きる道
以前から、もう、これ以上、経済成長をする必要がない、と思っていた。
地球環境が経済活動によって、もう限界に来ていて、異常気象が起っているのに、いざ不景気だ、ということになると、もっと景気を良くしなくては、もっと経済成長を上げなければ、と言い出す。
大工をしていた時、景気がよくなく、なかなか新築がない、となると、ほかの業者と、お茶の時間での話題は、もっと景気がよくならないとね、ということになる。私もうなづいている。
だから、このもう成長はいらない、というメッセージがどのようにしたら、一般化するか、どのようにしたら民衆のものになるか、と考えあぐねていた。
ちょうど、そこへ五木寛之が「衰退の時代に日本人が持つべき『覚悟』」(中央公論2月号)で、うまいことを言っているので、とりあげたい。
「覚悟」とは、ずいぶん大げさな、日本人ができる態度ではないな、と思いながら、現在にたいして、どんな提言をしているものか、と読んでみたのだ。
いまの状況を、登山に譬える。世界も同じだが、登山の下山の道筋に入っているという。
登山は、登るだけではない。下りきって、はじめて成立する。栄えたものは、必ず衰退する、と。そこで言う。
あきらめる「覚悟」をもたなくてはいけません、と。
衰退の道に入っているのに、無理矢理に日を登らせようという考え方は間違っていると。
あきらめるとは、「明らかに究める」ことで、事実を真正面から受け止めること。今、われわれは、衰退の覚悟を決めたうえで、「優雅な縮小」を目指すべきではないでしょうか、ときれいに表現する。
そして、その事例として、ギリシャやポルトガル、スペインを出す。かって世界に冠たる栄えた国が、いまは、政情不安定の国になったり、観光客を見たら少年が走り寄ってきて、靴を磨くという有様になっているが、誰も軽蔑はしない。ゆっくり退潮していった文化の静かさや安らかさがある、と。
日本もこのように、世界の中で、尊敬される小国を目指す。いまだに「モノづくり」信仰を持つ人がいるが、小国である日本が「モノ」で他国と伍していくのは不可能。中国やアジアの諸国と競争で勝てるとは思わない。だから、日本は、「文化」という形に見えないものの付加価値高めることで、知的に尊敬される国になる。これを目指すべきだと。
これは、たしかに見事な指摘だ。しかし、すこし修正が必要だ。
日本は、頂上に着いてしまった。「ジャパン、アズ、ナンバーワン」、経済大国世界第二位。これが頂上、というわけだ。
明治維新後、文明開化、富国強兵、追いつけ追い越せ、と、考えることを排除し、効率主義の物まねを基本に、ひた走りに走って、たどり着いた富国の今だ。資源小国の日本、少子化もはじまった。中国、インドに抜かれるのは、時間の問題。
金融危機と経済不況。たしかに、下りへと方向転換しはじめている。
現在、日本は文明の繁栄の頂点で、物はあふれている。しかし、こころは貧しい。
下り坂への方向転換の知恵が、求められている。
覚悟とは、あきらめる覚悟。あきらめるとは、明らかに究めること。事実を事実として受け入れ、明らかにし、究めれば、納得する。
日本人の方向転換とは、物まねの効率主義ではなく、考える力による方向転換だ。モノづくり信仰はいけないが、モノづくりは大事だと思う。文化だけでは、飯は食えない。
下り坂用のモノづくりの質的転換が求められている。それは物まねではできない。先進国では、世界同時下り坂なのだから、真似る手本はない。自分で考えるしかない。
その考える力から生まれるもの、それが、五木さんがいう「文化という形に見えない付加価値を高めて、知的に尊敬される国になる」ということだと思う。
だが、この「考える力」をつけるには、いままでの物まね用教育できた「丸暗記主義」の抜本的方向転換がなくてはならない。さらに、この「考える力」とは「自分を見つめ、考える」力でなくてはならない。
なぜなら、考える力だけでは、原子爆弾を生んでしまうことが証明されたからだ。人間の感情、自分の感情をくみいれた考える力でなければならない。
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