「水道水源地に産廃場」が最高裁でストップ 全国初
産業廃棄物最終処分場は、多くは山林の中にできる。土地代が安いことと、沢すじに捨てやすいからだ。それにあまり目につかず、人里離れているから、ということもある。
山林は日本では、どこでも、水源地といっていい。水源地に最も毒が入りやすい産廃をわざわざ捨てる。こんな不合理がどこにあるか。
たとえば、自分の庭にある井戸の真上にわざわざ穴を掘って、ダイオキシンが入っている焼却灰を捨てますか!だ。捨てるバカは、どこにもいないだろ。
ところが、これが自分の家の庭でなく、よそのことになると、捨てるバカがたくさんいる。金が儲かると。
そして、だれもが見て見ぬふりしている。役人も、法律的には問題ないと。
怒るのは、産廃が捨てられるのどかな山里の住人だ。なぜ、大都会でできる産廃をほとんど関係ない山里に捨てるのだ。井戸が汚れ、田んぼが汚れる不安が襲う。
安全だ、というなら、大都会に産廃場を造ればいい。わざわざ運んでくる手間暇が省けるのだから。
ゴミ連(栃木県ごみ問題連絡会)にかかわって、20年になるが、これらの怒りはほとんど無視されてきた。
ところが、栃木県のごみ問題連絡会の19回総会の記念講演で報告された。反対運動を戦った弁護士から。
最高裁で「水源地での産廃場は違法である」と。全国初の勝利である。
この戦いをしたのは、茨城県全隈町の住民である。
素掘りの土の中に産廃をそのまま埋める安定型の処分場への反対運動。
水戸市の水道取水口が産廃場予定地から、次のような距離にある。予定地から300m下った所に小川の田野川があり、そこからさらに、4.7Km下がって、大河、那珂川がある。その合流点から、350m下がって、水戸市の水道取水口がある。
問題は、このような位置関係で、浄化装置のない安定型の汚水・処分場の水は、どこへ行くかということと、川を下る場合、自然浄化作用はどうなのか、という点である。
はじめに言っておくが、安定型に捨てる産廃は安定五品目といって、安全なもので、溶け出す心配のないもの、だから、土を掘った中に直に埋めていい、と法律でなっているのだが、数多くの裁判闘争の中で得た判例で、危険な産廃とそうでない産廃とは、完全に分離できないこと、安定五品目とっても、金属も溶けだすこと、プラスチックも溶剤が溶けだし危険なことが確定的になっているので、論争の焦点は、汚水の行き先で争われた。
まず、処分場から300m下がった周辺地区は水道水が来ていて、井戸水で飲んでいる人がいなかった。つぎに、農業用水、水田や畑への汚染だが、直接口に入れるものではないので認められないとのこと。
汚水は小川を長距離下るが、問題は、大河那珂川の大量の水による希釈、つまり薄まりによって、害がなくなるかどうかにかかった。
合流地点から350m下がったところでどうか、である。大学の実験によって、その短い距離では混じり合わずに取水口にたどりつくというビデオを裁判に持ち込んだが、「ビデオではねえ」ということで、現地を見る、ということになった。
幸いしたのは、前日大雨になり、当日、田野川から泥水が那珂川に流れ込み、そのまま混ざらずに取水口まで来ていた現実を裁判官が見たのである。
こうして、判決が出されたのだ。産廃場からの汚水が水道取水口に入り、水道が汚染される可能性が否定できないので、建設は認められない、と。
裁かれた根拠は、水道法第一条にある。「清浄な水を飲む権利」人格権としての「浄水享受権」である。
こういう権利があることを、私ははじめて知った。
そして、最も効果的な措置は、当然のことながら有害物質を水源地に搬入しないことであって、国や地方公共団体がそのための必要な施策を定めてこれを実施すること、とまで踏み込んでいる。
つまり、法整備の必要性まで指摘した全国初の画期的判決による勝利である。
もっともこれらは、生活者の感覚からいえば、当り前の判決なのだが、いままでは、そこまでさえ、届かなかったのが現実だ。
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