105 冤罪・菅家さんと113人――死刑判決後に冤罪が明らかに(6/19)

この人数は、冤罪で釈放されたアメリカの死刑囚の場合である。びっくり。

読売の「死刑」の連載記事に載っていたものだが、この前、足利事件の菅家さんの冤罪の例もあり、少し考えたい。

日本ではどうか。死刑囚が再審無罪となったのは、四件だそうだ。

ということは、アメリカの警察は劣っていて、日本の警察は、よほど優秀、ということか。

アメリカの死刑囚の冤罪が起こる原因は、「自白や目撃証言などに問題があったケースが多い」とのこと。最近では、DNA鑑定によって有罪が覆る例が続いている、という。

これは、菅家さんはDNA鑑定での有罪から無罪と同じだ。虚偽の自白を誘導したことも同じだ。

日本の捜査は、自白に頼りすぎる、と言われている。

日本で、再審無罪が四件と、アメリカと比べ少ないのは、警察が優秀と言うのではなく、再審の門がなかなか開かない、という別の問題があるのではないか。

ということは、無罪の人が死刑で亡くなっている人が多い、ということになる。

久間三千年死刑囚は、一貫して無罪を主張していたが、1992年の10月、福岡県の飯塚市の小学1年の女児二人を殺害したとして、2006年に最高裁で刑が確定した。

そして、弁護団が再審請求の準備を進めていた中、昨年の10月、死刑は執行された。

しかも、この飯塚事件でも証拠の一つにDNA鑑定があり、その鑑定方法が誤りとされた菅家さんと同じ方法のものであったというからなおさら恐い。

疑問がある。なぜ、無罪を一貫して訴えている死刑囚をわずか2年で執行してしまうのか、だ。無罪を訴えている人は、冤罪の可能性がある人なのだから、もっと慎重であるべきだ。

現在、死刑囚は99人。その内、再審を請求している人は61人、と記事は伝えている。

この数を見て、あらためて驚いた。なんで、こんなに多いのか。

死刑囚の6割の人が最高裁の判決に不服を申し出ているということだ。

死をもって、償うのに、異議あり、と言う。

死刑制度を取り入れている以上、命をもっと償ってもらう以上、本人が納得して、死につけるように、再審がもっと開かれてあるべきではないか。

日本の4人に対して、アメリカの113人という死刑囚の冤罪の差ほど、日本の警察が優秀とは思えない。

菅家さんは、無期懲役であったから、17年目に晴れて無罪になった。

もし、菅家さんが死刑囚になっていたら、久間死刑囚のように、2年で死刑にされている可能性大であった。

つまり、無実のまま国家によって殺されていた、ということだ。国家に殺された、ということは、死刑制度を認めている我々ひとりひとりの責任によって殺された、ということだ。

このような罪への加担は、私は拒否したい。

そのための方法は、死刑廃止しかない。その代り、終身刑を導入すればいい。そうすれば、現在再審を請求している61人の内、何人かは、無罪への道が確実に開けるのだから。

死刑が執行されては、無罪の人が永遠に救われないのだから。

そして、このような冤罪が起こる自白偏重の捜査を無くすために、捜査の可視化がどうしても必要だ。ビデオで再生すれば、菅家さんがどのような警察の暴力で、自白が強要されたか、一目瞭然なのだから。

反対理由を言っていた警察関係者は、ビデオを入れると、犯人と尋問する警官との間でできる信頼関係が築づけなくなるという。信頼関係を築けば、涙を流して、犯人はほんとうのことを自白する、という。ビデオを入れると、それができないと。

そうは思わない。菅家さんも、涙を流して、自白したという。どうして、自分がそうなったか分からないという。

最初、犯人とされた人は、最初、ビデオが回っていることを気にするかもしれないが、長時間の捜査の中で、そんなことは忘れてしまうのが、人間の心理だ。いつも気になるのは、捜査官の方ではないか。人権侵害の捜査にならないか、と気にしてしまうから、いつもの捜査ができにくくなると。つまり、刑事もののテレビドラマがよく演出する強引な捜査が行われているのが現実で、可視化されると、いつもの捜査ができなくなるので、困るから反対している、というのが、真実であろう。

警察は、熱心なあまり、無実の人を犯人に仕立ててしまう可能性を無くす方法を導入すべきなのだ。

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104 感情を出す、ということと、書くこと(6/11)

「あなたは感情を出していない」とある人から言われた。

そうかな、と思う。ふだん、笑ったり、泣くのは映画を見たりした時が多いが、喜怒哀楽の感情で、怒ることは、今の政治に対してよくある。それなのに、である。

なんで感情を出していない、と言われるのか。

わからないでもないことはある。たぶんそれは、書くことと連動していることだと思う。

私は、ストレスになる引っかかりがあると、なにか、と書くことにしている。その問題に集中する。そして、納得して、わかって、すっきりする。

(その方法は、簡単には、ホームページの「自分を見つめる」の冒頭のここをクリックしてもらえばわかるが、いずれ、しっかりとのべたい。)

すっきりしたので、その件について、もやもやして、周りに当たることはない。

その分、感情を周りに出さない。

書くことによって、自分を浄化しているのだと思う。そして、私の中はからっぽになる。からっぽになることを望んでいる。だから、外からいっぱい入る。

その分、「あなたはよく人のぐちを聞いてくれる」「だから、おばぁさんにもてるのよ」などと言われることになる。カウンセラーに向いている、などとも言われる。

したがって、私はよく書くので、私の書くものをよく読んでいる人は、私というものをよく理解してくれている、と言える。

一方、あまり読まない人、読むより、人と話をして、自分の考えをまとめて、また行動する、と言う人にとっては、私は遠くなる。

近場にいて、ふだん私と接している人でも、私への理解は、半分になる。

つまり、書くことによって、私の精神世界を表現しているのだから、読まない人は、この私の精神世界は知らない。だから、理解は半分になる。

いままでは、そんなことはあまり考えなかった。自分の中で、問題は解決し、考えたことは、書いて、本にし、通信にし、最近はブログで発信している。だから、それでいい、と考え、完結していた。

しかし、よくよく考えてみれば、すべての人が、本を読んで、書かれた文字を読んで、考えているわけではない。

人には、自分の考えをまとめるのに、二種類ある。

文字を読み、書くことによって、考える人と、言葉を話し、聞きながら、考えをまとめる人とに、だ。

ファミレスを私はよく利用するが、午後ともなれば、ファミレスはおばさんたちでいっぱいだ。ぺちゃくちゃよくしゃべって、盛り上がっている。それでストレスを発散しているのだろうけど、それは書くことによってストレスを発散するのと同じだ。

そこで、了解した。私もしゃべろうと。話そう、と。私の書いたことを。

そして、話しながら考える人にも、私のもう半分の精神世界を知ってもらおう、と。書くことに込めている私の感情、情熱を感じてもらおう、と。

話すのは苦手だけど、話ができない、ということではない。私の話は、まわりくどくていけない、と言われてしまう。たぶん、書き言葉調子になるからかもしれない。それはそれで、注意しよう。

しかし、その上で言いたい。書くことをつねにしている者として。

詩の世界は、その雰囲気は、書きことばでないと、表現できないのですと。しゃべりだせば、たちどころに、その雰囲気は消えるのです、と。

そして、話していては、何十時間もかからないと、その世界にとどかない、深い世界がこの人間の世界、感情にはあるのですと。

だから、長い長い文章をたどる本になるようなことになるのですと。

だから、図書館には、人間の財産である本がたくさん並んでいるのですよ。本も読んでくださいね、と。

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103 若者の主張「魅力的な野外の遊び場作って」に注目 !(6/7)

なにげなく新聞をめくっていたら声欄の「魅力的な野外の遊び場作って」のことばが目を引いた。朝日の「若い世代」欄の冒頭に載せられている。要旨はこうだ。

「ボール遊びできる公園がほしい」(五月三十日)を読んだ。最近、外で遊ぶ子供が少なくなったとか、ゲームのしすぎだとか言う声をよく聞く。それは当然だと思う。なぜなら、公園がおもしろくないからだ。ボール遊びができないところがある。そして遊具が「安全すぎ」なのだ。子どもは高いところが好きなのに、遊具は高くなくなっている。というより、遊具そのものがなくなっている気がする。

マンガや小説などで読むと、昔は野球もサッカーもできる空き地や公園があった。

大人たちがいうように、ゲームのやり過ぎは子どもによくないと私も思う。だったら、外の世界が「楽しい! 」と思えるような魅力的な遊び場を提供してもらいたい。

以上が、高校生の大田鉄平君、15歳の主張だ。

以前から、子どもたちに群れ遊びの復活を! と主張していた私とは、若い世代からの「その通り! 」主張をはじめて目にしたので、喝采である。

わたしは、あそび場の確保とともに、遊び時間の確保のために、受験競争に落とし入れる教育システムの改革を、とも訴えている。

総合的に改革しなければ、昔のような群れ遊びの復活はできないからだ。

それにしても、世はあげて、受験競争をあおっている。

同じ日の朝日の紙面の教育欄では、「学力向上へ 大阪の挑戦――目指せ『学力調査で全国平均』」「塾と連携して補習・DS貸し出し」「矢継ぎ早の対策。巻き返しを図る橋下知事のテコ入れ」「少人数学級や復習・自習が定着」と大きく取り上げている。

大田鉄平くん、固くなった大人の頭を変えるのには、とても大変です。でも、私もずっと、主張し続けますよ。より詳しくは、ホームページを。 

(http//www.geocities.jp/akiyoshisato/)

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102 GМの倒産をどう考えるか(6/4)

GМの倒産を語らなければならないだろう。

なにせここ八十年間、世界一の企業として、自動車産業をリードしてきた巨大会社だ。

倒産が信じられないと、関係者がよく話しているのが、テレビの映像で流された。

私は「過剰適応」という言葉を思い浮かべる。

環境に適応するのは、必要なのだが、過剰に適応しすぎて、環境が変化した時に、その変化についていけなくて、つぶれる。恐竜の絶滅がよくなぞらえる。あれだけ巨大であるということは、大量の食糧が必要だが、何らかの理由で――たとえば巨大隕石の衝突とかで、食糧が減れば、その変化に対応できない。恐竜の脇にいた小動物が、むしろその新しい変化に適応して、生きのびる。

GМは、フォードがつくった大量生産システムを引き継いで、つくり過ぎて飽和した自動車を、デザインを変え、広告を大々的にして、クレジットローンを組ませて、新車の買い替えを実行させて、飽和から無限に消費される(むろん大量に廃棄も)システムをつくって、世界一の巨大自動車王国をつくった。世界一が好きなアメリカ人の気質に合わせて、豪華な大型車をつくりつづけた。

燃費のいい小型車をつくって伸びてきた日本車がアメリカに入って脅威になってきたとき、日本の車をたたき壊すパーホーマンスをして、議会働きかけ、関税障壁を高くして自衛した。ここに、変化に対応できずに、巨大化をしつづける道が、崩壊の道がはじまった。(日本車は、米国内に工場をつくって、売るという対応をして、切り抜けた)

金融危機で、GМの倒産が現実になり出したとき、直前のGМの収益の半分は、金融業から得ていたということを聞いて、まさしく金儲けだけに走った幹部の堕落を見た。本業をおろそかにすれば、倒産は必然。

1971年のニクソンショック以来、紙幣の金兌換が最終的にストップになってから、お金は、自然の有限性(金は有限)をはなれて、紙幣は状況に応じて、どんどん印刷されて、増える仕組みになった。その結果、アメリカ、イギリスをはじめ先進諸国は、金融工学を駆使して、金融派生商品をつくり、少額のお金を出して、何十倍、何百倍の(レバレッジ・てこ)を利かした取引をして、高額の利益を得る金融システムの虜(とりこ)になってしまった。

金融立国、などということばが、まことしやかに語られた。

モノづくりをおろそかにして、金稼ぎで国を立てるなど、あり得ないのにだ。

そして、とうとうこの金融システムが昨年、崩壊した。

GМはこの象徴だ。

オバマは「巨大すぎてつぶせない」GМを一時国有化して、整理しスリムにして、再出発させるという。時代の変化に応じた環境対応車を中心にして、と。

恐竜が小動物に変身できるか。脳みそからして、変わらなければ、外形がスリムになっても、恐竜のままだ。はたして、である。

グローバリズムが、世界をかけずりまわり、地球は有限で、大気に囲まれた閉域であることを明らかにした。石油は有限、いずれなくなる。単価は上がる。それ以前に、これ以上CO2を増やせない。

モノづくりは資源循環型でなければ適応できない時代に入ってきた。

金余りになった金持ちの金はどう動くか。金融危機で大損をしたとはいっても、金はたくさん余っている。金持ちは、楽して稼ぐ方法しかとらない。自分の手持ちの大量の紙幣をどうつかうか。

いまは不況になって、儲けるところがないので、息をひそめている。

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101 家づくりのはなし1 家は一本の線で出来ている(5/31)

いま、サンルームづくりをしている。65歳をすぎ、体力が落ちているので、まぁ、今回が大物は最後だと思うが、40でここに越してきて、1年目は友人と共同で工房を立て、2年目から今住んでいる家づくりに入ったから、24年間ずうっと、断続的に、家づくりはつづいている。まだ、完成していない。たぶん、かみさんのちょっとした増改築の要望はつづくだろうから、お抱え大工としては、ずうっと続くと見ている。

以前、雑誌『80年代』に「大工見習いの記」を連載した。

田舎へ行く、と決めて、30代半ばから大工見習いをしたときの、驚きと気づきを書いたものだ。そして、実際、田舎暮らしを始めて、自分の家をつくりはじめたのだから、今度は「家づくりの記」を書けるはずなのだが、忙しさにかまけて、書かずじまいになったので、ここらあたりで、ぼちぼち書いていこうと思う。

サンルームづくりで、大変なことに気づいたことがある。

自分の家づくりを長年やって、さらに大工手伝いをやって、大工をやってきて、いまさら気づくのはおそいのだが、家は線で建てられている、ということに気づいた。

線とは、鉛筆で引く一本の線のことである。どういうことか。

いまのサンルームづくり。古い家から、新しく一間半(2.7m)の四間(7.2m)の空間を外に出す、ということなので、つなぎ目の寸法をどう出すかが、まず問題になる。

はしらの丸太、つまり電柱の古材(我が家は電柱の古材を使った家)の、でこでこのどこから寸法取りをはじめるかなのだが、とうぜん柱の真ん中からしか取れないので、測るのだが、それが、でこでこしているので、なかなか決めづらい。上へ登るほど、木は細くなっているので、取る位置で、微妙に違ってくる。そこで、えい、やっとこのあたりにしよう、とだいたい寸法で、決めた。

木というのは、一から一・五ミリは誤差の範囲でいい、と経験的になっている。

なぜかというと、木は切断したあとも生きていて、湿気を吸ったり吐いたりして、太ったり、細そまったりしているからだ。一ミリ太ったり、一ミリ細くなったりと。

完全乾燥材というものがあるが――機械乾燥にかけたものだが、しぜんの中におけば、湿気で水分を吸って、完全乾燥でなくなる。

さて、そこから、増築する柱の墨付けをするのだが、柱はもう電柱の廃材は出なくなっているので――コンクリートの電柱にほとんど変わってしまったので、たいこに杉の丸太を地元の材木やさんに三寸五分(10.5)の厚さに挽いてもらったものを使った。

したがって、これも、上に伸びるほど、細くなっていく柱なので、どこから寸法を取るか、が問題になる。

そこで、基準になる線をひくしかない。つまり、中心線を決める。この線を大工は芯ズミという。すみつぼで、線を引く。

この中心線に向かって、組み合わせる材木の寸法はすべて決まってくる。だから、前から建っている古い電柱からの寸法を取るにしても、中心線を想定して、そこから寸法を取る、ということになる。そうでないと、でこでこしている丸太のあちこちで寸法を取っては、家が微妙に曲がってしまう、というわけ。

ということは、家は中心線という一本の線のつながりで、出来上がっている、ということに気づいた。この中心線のまわりに、木の肉質がまつわりついて、家が出来ている、ということだ。

家そのものは、立体的に出来ていて、瓦がそっていたりして、曲線も入っているのだが、その構造を立てるには、一本の線、中心線によって、出来ている。

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100 認知症と生きる意欲のことを考える(5/20)

兄が認知症になってから、認知症にかかった大人、老人をしばしば見てきたが、ふと、生きる意欲、生きがいをもつということを考える。

認知症は、脳細胞が死んでゆく病気だが、精神が脳で司られている、ということでいえば、精神が死んでいく、ということになる。

では、精神が死んでゆく、ということはなにか、といえば、仕事を退職して、何をしていいかわからない、毎日、ぼーとしている。つまり、精神が活動していない、ということだ。

精神が活動していない、ということは、心底から何をやりたいか、が見つかっていない、ということになる。自分の体を主体的に、内から突き動かす、活動だ。

この「自分の体を内から突き動かす活動」に目覚めていれば、精神はボケない。つまり、きっちりと目標に向かって、芯が通っていて、くっきりしている。ボケていない、クリア。

仮に、脳細胞が、何かの障害で、一部破損したと考える。すると、いままで活動していたことが出来なくなる。一部の脳がクリアに働かなくなり、ボケてしまう、というボケ状態になる。

そこで、何が起こるか。いままで「自分の体を内から突き動かす活動」に目覚めていれば、その活動が阻害されたのだから、悔しい。無念だ。

この症状が必ずでる。何としてでも、やりとげたい、という感情、意欲がでる。

ところで、ディサービスで、昔覚えた童謡を歌いましょう、と職員に言われて、歌っている大の大人の表情には、この悔しさがない。あっけらかんとして、子どもに近い表情で、たのしくやっている。歌が終われば、そのあと何するでもなく、することがない。そして、食事の時間が来て、という具合に日課に流れていく。

つまり、生きていく芯がなくなっている。生きがいがない。

兄も仕事一筋の人で、退職したあと、ぽかーんと抜けた芯を何で埋めていいか分からず、息子家族のために、孫のために、と生きがいを見つけたが、息子家族が転勤してからは、がっくり来て、穴を埋められず、いろいろ趣味をみつけようとやったが、長続きせず、最後はパソコンゲームを1日中したりしていたが、うつ状況になり、認知症へと傾斜していった。

もし、こころの芯があって、毎日意欲的に、心の底から精神が活動していれば、脳細胞は元気で、死なないのではないか。

認知症になる原因はわかっていない。しかし、認知症は脳が死んでゆく病気で、誰がいつかかるか分からない病気、ということでいえば、

その予防は、自分の精神を活性化させる、体の底からの意欲、生きがいを見つけて、生きる、生きている、ということではないか、とふと思う。

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99 草食系男子の彼女への消極性(5/14)

草食系男子が最近、話題になっている。

この日曜日の田原総一郎のサンディージャパンでも取り上げられた。

今回は、渡辺淳一さんをゲストに、彼の「欲情の作法」を話題にしての話なので、草食系男子は、マイナスに語られた。

最近の若者は、恋人がいない人が、75%に達している、というアンケート結果から、どうしていないのか。それは、草食系男子が増え、彼女とつき合うわずらわしさより、ひとりで自分の趣味、ゲームなどをしていた方がいい、という。

したがって、このままでは、ますます結婚が遠のき、結果少子化がますます進む、という流れから、話がはじまった。

それで、渡辺淳一さんの最近のベストセラー「欲情の作法」からのアドバイス4点が、草食系男子に向けられる。

1、 二兎を追うもの一兎も得ず

2、 考えるより行動せよ

3、 気持ちを入れず、相手をほめる

4、 テイスティング

以上の4点が挙げられた。

「二兎を追うもの一兎も得ず」は、二兎だけだから得られない、4兎を追え。つまり、どんどんいいと思った女にたくさん働きかけろ、という。

「考えるより行動せよ」は、ああしたら失敗するのでは、といろいろ考えているから動けなくなる。まずは行動を起こせ、と。

「気持ちを入れず、相手をほめる」は、ほめることばを軽くどんどん使う。気持ちを入れて、となると言えなくなるので、と。

「テイスティング」は、やにわに直接にはたらきかけるのではなく、いろいろさぐりを入れて、たとえば手を軽く触れたりして、だんだん関係を深めていく、というような話だったと思う。

これらのことは、恋人を作る方法としては、かくべつ新しいことでもない。その方法を使うかどうかはあるが、当たっているところ多い。

問題は、草食系男子が、このアドバイスで、動くか、だ。

「彼女とつき合うわずらわしさより、ひとりで自分の趣味、ゲームなどをしていた方がいい」という感性を動かせるとは思わない。

独り者の男も、洗たく機があり、食事もコンビニですんでしまうし、電子レンジもあって、奥さんがいらなくなったからね、というコメントもあった。

話を聞いていて、我が身と比べて、草食系男子は、性欲が弱くなったのか、と思ってしまう。青春時代は、性の目覚めからの性欲ギンギンの時代だ。マスターベーションしながら、彼女とやりたい、彼女が欲しい、と切実に思うのが、青春だ。もっとも、いざ現実の彼女に働きかけは、そんなに単純ではないが。

それが草食系男子は、彼女への気づかいをするくらいなら、ひとりでゲームを楽しんでいた方がいい、という。

あるコメンティーターが、「わたしは、一人追いかけてダメだったら、また次の人へと追いかけてましたけど、いつからこうなっちゃったんでしょうねぇ」と、男性の女性を求める変化のことを言っていたが、わたしは、この変化の背景に、確実に、「群れ遊びの喪失」があることを、なぜ気づかないのだろう、と思わざるを得なかった。

他人との人間関係をつける最初の遊び友達のでき方が、からだごとぶつけて、楽しく遊ぶ「群れ遊び」の中で出来ていたなら、神経質に気を使う必要なく、好きと思った彼女にアプローチできるのに、ということだ。

「群れ遊びの喪失」の代償はまことに大きい。(群れ遊びの復活については、ホームページ「自分を見つめる」http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/)

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98 鶴見俊輔さんの「私は大学出がきらい」(5/11)

「大づかみできなくなった日本人」と題して、朝日ジャーナルの「怒りの復活」版に、鶴見俊輔さんの話が出ている。すでに、「復活」版では、見田さんの文を紹介しているが、これもおもしろい。

私が注目したのは、俊輔さんの次の言葉。

私が大学出を嫌い、「首席だ」「一番だ」と言って政治や官界、財界のトップに君臨する人たちを軽蔑するのは、こうした前提を体験的にもっているからです。

「へえー、そうなんだ。でも、そういう鶴見さんも、有名なハーバード大学じゃなかったのかな」と思う。

なにが、大学出がダメかだが、「大学出が日本を悪くしてきた」と。

どうして悪くしてきたかというと、「国民に意見を譲る人だけが政治の中枢に座り、世論をリードする地位についていて」「そのほとんどが大学出」だから、という。

ということは、国民の意見に譲りつづけてきた結果、今の日本があり、だから、ダメで、その象徴が、「麻生首相」で、「その低能さは救いがたい」と鶴見さんは言う。

たしかに、麻生の知能のなさは、救いがたい。でも、そんな人物を国の代表にしている国民も救いがたい、ということだ。

ダメだ、ダメだ、自民党は、といいながら、ずっと政権に座り続けさせているのが、国民。日本人だから。(要は、変えることに極端に憶病なのですね)

だから、知識人、リーダが、大学出で、国民の意見に譲りつづけてきた結果のいまだ、ということになる。

どうして、鶴見さんがそういうかというと、歴史的体験が前提にある、とこう話す。

日本の政治家、指導者たちが、大きく物事をつかむ力がなくなったのは、私の偏見で言うと、1905(明治38)年、日露戦争が終わったときからで、開戦前、京都の会議で、伊藤博文と山形有朋を前に、この戦争の参謀役だった児玉源太郎は言った。

「戦争はやりましょう。ただし、私がここでやめましょういったら、どんなに条件が悪くても必ずやめてください」と。

そして終戦を迎える際、外務大臣の小村寿太郎は、戦勝国側(日本)に不利だったポーツマス条約をのんで、帰国後の国民の反応に暗澹たる思いを抱きながら戻ってきた。

そのとおり国民は、なぜ戦争をいまやめるのか、もっとやれ、と怒りの声で小村を迎えた。「日比谷焼打ち事件」という暴動さえ起こった。

もっとやれば、日本はロシアの国力の前に屈してしまうのがわかっていない。児玉をはじめとした明治の重臣たちの世界認識に、国民は追いついていなかった。

そして、その国民の声に迎合する意見が、政府内でも知識人たちの間でも、100年間、一貫しています。

その結果、国民に意見を譲らない政治家や知識人は、昭和のはじめにバタバタ殺されていった。このような国民意識は敗戦後も続いている。

国民に意見を譲る人だけが政治の中枢に座っている。そのほとんどが、大学出、というわけだ。

このように鶴見さんの意見は展開される。

どうして、大学出がダメかというと、「1905年以降、日本では大学を出て立身出世をすることが目的化して、小中高大と、表層的な成績だけを重視し、頭の訓練が浅く浅くなっていった。その結果、冒頭に述べた麻生首相のように、日本の知識人は歴史を大づかみする能力を失った」と。

「歴史を大づかみする能力」と、いえば、いまもって「大東亜戦争の総括」ができていないこともそうだ。国力があまりにも違う欧米と全面戦争をしかけ、緒戦の勝利で、引くことができない、時の流れに乗って、小器用に立ち回ることはできるが、主体的に本質から考えて、状況に掉さすことができない。

つまり、深く考えることができない。頭だけで考えるのではなく、からだ全体で考える、肌感覚で考える、ということができない。

つまり、机の上だけで考えるのではなく、からだ全体を動かしながら考える、ということができない、ということだ。

これは、日本の学校教育の弊害だ。丸暗記主義と立身出世主義が支配している。それが東大を頂点とする受験競争の中から、頭のいいやつだけを選ぶ、という方法だ。

選別は、深く考える論文形式を極力避けている。いろいろな答えが出せる、ということでなく、一つの正解だけしか、丸をつけない暗記方式だ。

この受験競争の頂点が、東大とするならば、やはり、68.9年に言われた東大解体が象徴的に意味を持つ。

しかし、悲しいかな、文化的なリーダーにおいても、東大が幅を利かせている。反権力的位置の人にも東大が、である。見田さんもそうだし、大江健三郎もそう。反公害の宇井さんもそう。

東大は、幅のあるエリートを集める、ということで終わっていたのでは、この東大を頂点としたシステムは、変わらない。

鶴見さんは、そもそも一番というのは、創造的でない、とアイシュタインやエジソンをあげる。日本人で上げた若槻礼次郎は「捨て子です」ということで上げていて、学歴については言っていない。高杉晋作と映画評論の佐藤忠男と作家の上坂冬子も挙げているが、それくらいで、アインシュタインクラスの人物は日本ではなかなかいない。

日本の教育では、知識は入れるが、肌感覚の感性をもって考える創造性が育たない、ということでいえば、高度成長以後の日本では、群れ遊びの喪失が、からだごとぶつけて遊ぶことで身につく、肌感覚で考えるということを奪っているので、さらに頭でっかちを助長しているので、ますます先が思いやられる。

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97 「現代社会はどこに向かうか」(見田宗介)を読む 3 ありうべき世界の構想、その三つの課題(5/5)

見田さんは言う。

「百年に一度の危機」とは、二十世紀型の経済成長がやがて再開するはずであるという思考の慣性によるが、ほんとうはもっと大きな目盛の歴史の転換の開始を告げる年として、後世は記憶する、と。

つまり、例のロジスティクス曲線の「近代」という壮大な人類の爆発期から、未来の安定平衡期に至る変曲ゾーンとしての現代、今だ。

「近代」という高度成長期の人間にとって、自然は「無限」の環境容量として現象し、開発と発展のための「征服」の対象であった。

「近代」の高度成長期の成功の後の局面の人間にとって、自然は、「有限」の環境容量として立ち現われ、安定した生存の持続のための「共生」の対象である。

そう、「共生」が、キーワードだ。人類は、地球環境の中で、共生できるのか、だ。

かつて交易と都市と貨幣のシステムという、「近代」に至る文明の始動期に、この新しい社会のシステムは、人々の生と思考を、共同体という閉域から解き放ち、世界の「無限性」という真実の前に立たせた。カール・ヤスパースが「軸の時代」と名づけたこの文明の始動期の巨大な思想たち、古代ギリシャの哲学とヘブライズムと仏教と中国の諸子百家とは、世界の「無限」という真実への新鮮な畏怖と苦悩と驚きに貫かれながら、新しい時代の思想とシステムを構築してきた。(中略)

かつて「文明」の始動の時に、世界の「無限」という真実に戦慄した人間は今、この歴史の高度成長期の成就の時に、もう一度世界の「有限」という真実の前に戦慄する。

今人間は、もういちど世界の有限という真実にたじろぐことなく、立ち向かい、新しい局面を生きる思想とシステムを構築してゆかねばならない。

そう、たしかに、社会主義が崩壊した後、この資本主義をのり越える「新しい局面を生きる思想とシステムを構築」することが課題なのだが、まだ、大きな物語として聞こえてこない。

近代の思考の慣性の内にある人間にとって、この「歴史の終焉」は、否定的なもの、魅力に乏しい未来であるように感覚される。けれども、幾千年かの間、人間が希求し願望した究極の世界ビジョン、「天国」や「極楽」のイメージは、「歴史のない世界」永劫に回帰する時間を享受する世界である。

天国の歴史はあるが、天国に歴史はない。

そう、以前、「歴史の終わり」という本があった。そのとき、何を言ってるのか、と見向きもしなかった。なぜなら、これからも、時代は変化していく、という思いが当然のごとくあったからだ。

そして何よりも、今の資本主義社会がいいとは言えず、変えていかなければ、生産極大で、人類はデッドエンドになってしまう。だから、これからも歴史は変わると。変えなければならないと。

だから、見田さんが言うように、「歴史の終焉」は、否定的なもの、魅力に乏しい未来であるように感覚される。

けれど、見田さんが言う『幾千年かの間、人間が希求し願望した究極の世界ビジョン、「天国」や「極楽」のイメージは、「歴史のない世界」永劫に回帰する時間を享受する世界である』というのは、たしかだ。

そうか、現在の私たちが、いっとき、社会主義や共産主義の世界ビジョンを構想したように、昔の人の世界ビジョンが、「天国」や「極楽」だったのだ。なるほど、である。

たしかに、究極の社会システムが実現したら、それ以上変化を望まないのだから、歴史は止まる。

「歴史のない世界」、永劫に回帰する時間がつづく、というわけだ。

さらに、見田さんは言う。

「天国」や「極楽」という幻想が実現することはない。

「天国」や「極楽」という幻想に仮託して、人々の意識が希求してきた、「持続する現在」の生の輝きを享受するという世界が実現する。

けれどもこのことは、

質実ではあっても健康な生の条件を万人に補償する科学技術の展開と、

他者たちや多種の生命たちの自由な交響を解き放つ社会思想とシステムの構築と、

なによりも存在することの奇跡と輝きを感受する力の解放という、

幾層もの困難な現実的な課題の克服をわれわれに要請している。

「天国」や「極楽」という幻想に仮託して、人々の意識が希求してきた、

「持続する現在の」の生の輝きを享受するという世界が実現する、とはなんだ。

たしかに、天国や極楽は実現しない。その幻想に仮託したのは、「持続する現在の生の輝き」と。

そう、たしかに、いまのいのちが輝いていれば、最高。それが続いていれば、さらに最高、ということだ。

その世界が実現するためには、と三点を挙げる。

質実ではあっても健康な生の条件を万人に補償する科学技術の展開と、

他者たちや多種の生命たちの自由な交響を解き放つ社会思想とシステムの構築と、

なによりも存在することの奇跡と輝きを感受する力の解放という、

幾層もの困難な現実的な課題の克服をわれわれに要請している。

この課題の設定は、新鮮なものだ。そして、包括的なもので、的を射ていると思う。

まず最初の「質実ではあっても健康な生の条件を万人に補償する科学技術の展開」の「質実ではあっても」がわからない。「健康な生の条件を万人に補償する科学技術の展開」でいいように思う。

科学技術が健康な生のために奉仕する、ということで、現代、金儲けや戦争などの破壊のための科学技術になることを防ぐ、ということが入る。くすりづけにして、かえって健康を害してしまうということがあるが、そのために「質実であっても健康な生」と言っているのだろうか。

また、万人に補償するということで、貧困層の撲滅が入る。

つぎの「他者たちや多種の生命たちの自由な交響を解き放つ社会思想とシステムの構築」について。

社会変革というと、この視点がいつも問題とされた。「社会思想とシステムの構築」だ。

ただし、ここでは「他者たちや多種の生命たちの自由な交響を解き放つ」という視点からの発想で、いえば人との「共生」と自然との「共生」のための「社会思想とシステム」だ。

しかもその「共生」は、「生命たちの自由な交響を解き放つ共生」だ。

したがって、近代資本主義社会が必然的に持つ「競争」とはちがうシステムが求められる。

「競争の輝き」と「共生の輝き」のちがいとは何か、だ。

そして、システム変更は、経済のシステム変更として具体化されなければ、意味はない。それは、どういう姿をもって、現わされるか。

そのたしかな一つの課題は、人間の欲望を無限競争に傾斜させるお金=紙幣の持つ魔力を解き放たなければならない。いま、私が書いている「お金の話」の課題だ。

最後の課題は、「なによりも存在することの奇跡と輝きを感受する力の解放」だ。

この視点は、新しい。見田さんらしい。いえば、革命の課題に、これを入れるということだ。もっとも、革命が、いのちのあらたまり、と読めば、「存在することの奇跡と輝きを感受する能力」とは、もっともふさわしい。それが、一回限りでなく、持続する生として、という意味では、究極の解だ。

「存在することの奇跡」。 ふつう私たちは、「存在すること」はあたりまえ、と感じている。それを「奇跡」と感じることとは、だ。「奇跡」と感じる一瞬の輝き。そう感受する力の解放。それは何か。

いま私がわかることは、子どもたちの中から、輝きが消えかけていることだ。目の輝きがない。都会というコンクリートに囲まれ、豊富なものに囲まれた閉域で、いのちが薄くなっている。管理されている分、出会いの奇跡がすくない。「子どもは風の子」という、しぜんの中で、外で、目を輝かせてかけずりまわって、ひととしぜんに出会っていた姿がない。その分、感受する力が弱くなっている。

出会いの奇跡の一瞬の輝きを享受できていない。それゆえ、感受する力が閉じ込められたままだ。それゆえ、力がつかない。おとろえている。

子どもの危機。それゆえ、明日の大人の危機。

わたしは、その解として、政治改革、教育改革としての「群れ遊びの復活」を唱えている。(詳しくはホームページ「自分を見つめる」http://wwwgeocitiesjpakiyoshisato7/を)

人は、赤ちゃんから子ども時代を育って、人となる。その人のベースが、狂えば、人となることができない。

最後に、見田さんは言う。

この新しい戦慄と畏怖と苦悩と歓喜に充ちた困難な過渡期の転回をともに生きる経験が「現代」である。

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96 「現代社会はどこに向かうか」(見田宗介)を読む 2 (5/4)

「現代社会はどこに向かうか」(見田宗介)を読む 2

  地球の有限性の中の無限性追及の破綻

さて、つぎに見田さんはいま問題の経済を語る。

そして、とくに20世紀後半の、近代という高度成長期の最終局面での象徴的存在として、GМの勝利を挙げてこう言う。

大量生産を確立したフォードシステムの低価格化された堅牢な「大衆車」の普及によって、自らの市場を飽和してしまったことに対して、GМは発想を逆転して「自動車はみかけで売れる」と、「デザインと広告とクレジット」という情報化技術によって、車をファッション商品に変え、買い替え需要を開発するという仕方によって、市場を無限化してしまう。

このように「情報・消費化資本主義」によって、「情報による消費の自己創出」というシステムの開発によって、資本主義の矛盾と呼ばれた恐慌の必然性を克服し、社会主義との競合に勝ちぬき、二十世紀後半の三十年余の未曾有の物質的繁栄を実現する。

しかし、2008年、突然のGМの危機と暗転は、何を意味するのか。

「デザインと広告とクレジット」という情報化技術によって、車をファッション商品に変え、買い替え需要を開発するという仕方によって、市場を無限化してしまう。ということは、資源の無限採取と開発、環境廃棄物の無限の排出ということであるが、グローバルシステムは、無限を追及することを通して立証してしまった有限性である。それが最終的であるのは、共同体にも国家にも域外はあるが、地球には域外ハないからである。グロパルシステムは、グローバルであるがゆえに、地球の有限性を露呈する、と見田さんは言う。

GМの勝利とGМの危機への暗転。まことにおもしろい。

大量生産の見本としてのフォードシステムは知っていたが、GМが「デザインと広告とクレジット」で、車をファッション商品にして、買い替え需要を開発して、恐慌の必然性を乗り越え、市場を無限化した、という視点には気付かなかった。それがGМの勝利である。

そして、グローバル企業が、資源の無限採取と開発、環境廃棄物の無限の排出によって、地球温暖化問題という地球の有限性にぶつかったことによって、GМの危機を招来させたということだ。

むろん、直接的には、今回の危機が金融危機に端を発していることからわかるように、サブプライム住宅ローンの破綻から、自動車のクレジットローンの破綻によって、突然の新車の車が売れなくなった、ということによっている。

いま私は「お金の話」を書いているが、そこから見えるのは、地球資源の有限性に規定されている金が、1971年のニクソンショックによって、金兌換の停止、金規制の解除により、金稼ぎの無限性が開かれたことによって、 (ドルをどんどん刷ればいいに変わる) 金融危機の道は開かれた。

その結果、強欲な金融マンによって、住宅価格が永遠に上がりつづけるという神話がつくられ、それにのせられて、本来買えないはずの低所得者層までが、ローンで住宅を買うことになり、バブルがはじけるとローンが焦げ付き、ローン債権がとたんに不良債権に転じて、大量にローン証券化商品を買った金融機関が危機に転じて、お互い疑心暗鬼に陥り、信用収縮が起きて、金融危機が没発したということだ。

つまり、消費者も金融機関の審査が厳しくなり、ローンクレジットが組めなくなり、自動車も買い替えができなくなって、GМの車が、むろんトヨタも売れなくなった、ということだ。ただし、GМは過剰適応によって、あぐらをかき、次への変化である環境対応車への転換がスムーズでない。大きな車はいらない時代に入ったことを認識していなかった。

地球の有限性からくる、地球温暖化問題への対応変化に遅れたのだ。

「無限性」の追求は、かならず破綻する。いつまでも掘り続けられる、いつまでも造りつづけられる、いつまでも、上がりつづける、ということはあり得ない。虚構は破れる。バブルは破綻する。地球は有限なのだ。

だが、現在。金稼ぎは金(きん)の束縛を離れ、人間は無限に金稼ぎのあくなき欲望に支配されている。紙幣づくりの輪転機はまわりつづけている。

はたして、このような中、人間は変化の小さい安定平衡期に移れるのか。

見田さんは、先に説明したロジスティクス曲線のほかに「修正ロジスティクス曲線」というものを説明している。「再生不可能な環境資源を過剰に消費してしまったおろかな生物種が描く曲線で、繁栄の頂点の後、滅亡にいたる」と。

過剰適応して、変化ができなければ、この道となるは確実だ。

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